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6.前田正名│父と呼ばれた日本人

🔵日本全国を練り歩き在来産業の振興に人生を捧げた「殖産興業の父」「明治産業の父」

明治政府で殖産興業を主導したのが大久保利通であることはご存じのとおりです。彼の薫陶を受け、大久保没後に彼の考えを継承した人物として、松方正義、品川弥二郎、前田正名が知られています。
松方は大蔵省で財政行政に辣腕を振るい、品川は産業組合法の立法化に尽力します。2人は殖産興業政策とは一線を画した功績により、それぞれ「近代日本財政の父」「農業協同組合の父」と呼ばれます。


3人のなかで、一貫して殖産興業政策の推進に当たったのが、薩摩藩出身の前田正名です。前田は、9歳で緒方洪庵門下の八木称平に師事して洋学を学び、長崎の語学塾に藩費留学します。このとき、イギリス帰りで長崎に赴任してきた五代友厚から大きな影響を受けたと、後年、前田は語っています。
前田は薩摩藩英国留学生には選抜されませんでしたが、洋行を諦めず、1869(明治2)年に、兄の献吉らと『和訳英辞書』を出版します。「薩摩辞書」と呼ばれた同書は6回も復刻され、明治初期の日本人の英語学習に大きく貢献しました。その後、念願のフランス留学を果たし、農業・産業政策を研究して7年後に帰国します。ところが、すぐさま内務卿・大久保にパリ万国博覧会への参加を進言して再び渡仏し、1879(明治12)年に帰国。その間に大久保は暗殺されますが、「将来の国家の大目的のため、ひたすら殖産興業の任務に献身すべきである」という大久保の遺志を継いで、殖産興業政策の一端を担う人生を歩んでいきます。


1881(明治14)年には、大蔵省ならびに農商務省の大書記官に就任し、3年後に国内産業の調査報告書『興業意見』全30巻を編纂しました。同報告書は、松方財政による不況下の各産業界の現況と、資本供給、法規整備、地方産業の優先的近代化、政府保護の必要性といった重要政策をまとめたもので、現在の産業白書の原点ともいうべき経済史研究の基本文献です。この調査には、全国各地の特色を生かした産業振興に注力していこうとする前田の意思が反映されているようです。しかし、軍備を拡張し、政商資本に手厚い保護を加える松方財政グループと対立してしまいます。抗争に敗れた前田は一時非職となりますが、山梨県知事として復帰し、東京農林学校長、農商務次官などを歴任するかたわら、全国規模の農事調査を実施します。


ところが今度は農商務大臣の陸奥宗光と対立し、再び下野します。かつて長崎の語学塾で机を並べた2人が、政府高官として対立することになるとは、人生とはまことに不思議なものです。官を辞してから、前田は全国津々浦々を訪れ、生糸・茶・織物などの輸出産業を中心に各地の在来産業の振興を奨励したことから、「布衣の宰相」「無冠の農相」と呼ばれました。訪れた先で発した前田の所信は、「今日の急務は国是・県是・郡是・村是を定むるにあり」でした。


在来産業の振興は、令和のいまなお課題となっています。国家戦略としての産業振興に生涯を捧げた前田は、「殖産興業の父」「明治産業の父」と称されています。

(C)【歴史キング】

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関連する書籍のご紹介

本のご紹介

前田正名 / 祖田 修 (著)

(人物叢書 新装版) 単行本 – 1987/3/1


本記事では、こうした「父」と呼ばれた偉人1000人超のリストから、特に近代日本の産業界に大きな貢献をした「父」の功績をたどりつつ、「父」なる称号の持つ意味について考えたいと思います。

歴史キング

目次

1.後藤新平

「台湾近代化の父」「都市計画の父」など │7つの称号を冠された医師、政治家としての信条

2.長州五傑

「工学の父」「造幣の父」「鉄道の父」など│ 殖産興業策を主導した「長州五傑」

3.薩摩藩英国留学生

「維新の父」の遺志を継いで近代化を実現した│「大阪財界の父」「電気通信の父」「ビールの父」

4.渋沢栄一、大原孫三郎、武藤山治

「社会の公器」としての企業の存在意義と経営の模範を示した│「近代日本資本主義の父」「近代経営の父」

5.小栗忠順

海軍と殖産興業の土台を築いた│明治国家誕生の「ファーザーズ」「日本近代化の父」

日本全国を練り歩き在来産業の振興に人生を捧げた「殖産興業の父」「明治産業の父」

7.江藤新平、山田顕義、児島惟謙

民生の安定と人権確立に尽くした│「近代日本司法制度の父」「日本近代法の父」「司法権独立の父」

8.初代 田中久重、藤岡市助、二代 島津源蔵

近代重工業、電気、蓄電池……│技術立国日本の礎を築いた3人の「日本のエジソン」

9.豊田佐吉、豊田喜一郎

「発明の父」「大衆車の父」機械産業と自動車産業における偉大な父子

10.赤松則良、上田寅吉、渡辺蒿蔵

日本初の洋式軍艦と東洋一のドックを建造した3人の「日本造船の父」

11.片寄平蔵、屋井先蔵

産業の近代化から重工業化へのエネルギー基盤を築いた「石炭の父」と世界初の発明を成した「乾電池の父」

12.今泉嘉一郎、渡辺三郎、石原米太郎

「鉄は国家なり」を導いた群馬県出身の3人の鉄鋼の父

13.志田林三郎、小花冬吉、辰野金吾

電気工学、鉱業、近代建築の各分野で「父」と称される工部大学校第1回卒業生

14.山田脩、高橋長十郎、山辺丈夫

製造立国の先駆けとして世界市場を席巻した「日本近代紡績業の父」

15.本木昌造、ジョセフ・ヒコ、岩谷松平

新しい産業を生み出した「近代活版印刷の父」「新聞の父」「近代日本のPRの父」

16.上野彦馬、下岡蓮杖、田本研造

内戦から文明開化に至る激動の時代を記録した日本写真界の三大先駆者

17.柳沢謙、熊谷岱蔵、山極勝三郎

幻のノーベル賞といわれた日本医学界大恩人の偉業│「日本病理学の父」「結核撲滅の父」

歴史キング

【特別コンテンツ】

18.47都道府県ゆかりの「父」たち

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