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17.柳沢謙、熊谷岱蔵、山極勝三郎│父と呼ばれた日本人

🔵幻のノーベル賞といわれた日本医学界の大恩人「日本病理学の父」「結核撲滅の父」

郷土博士

新潟県│長野県

かつて脳外科医を志す者は、「新潟詣で」を叩き込まれました。新潟医科大学の中田瑞穂教授に教えを請えという意味です。1917(大正6)年に東京帝国大学医科大学を卒業し、当時、死亡率70%といわれた脳手術で日本初の止血処置により術後5年の生存を成し遂げたことから、「日本脳外科の父」と称された人物です。


中田と同窓の医学者は「結核予防の父」と呼ばれた柳沢謙「結核撲滅の父」熊谷岱蔵「日本病理学の父」山極勝三郎など数多おり、東京帝大は近代日本の医学研究の支柱であると言っても過言ではありません。なかでも、20世紀前半に日本人の死因の常に上位を占めた結核による死亡者と罹患者の激減への貢献は特筆に値します。現在の新潟県上越市出身の柳沢は、実母らが結核により苦しんだことから東京帝大で結核研究を修め、郷里の小学校で結核予防の集団検診を行います。さらに、ツベルクリン検査・BCG注射の実施、郷里での無料診察と結核予防を実践し、戦後、国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)に招聘されます。


同研究所は「結核予防」の拠点となりますが、戦前は、東北帝国大学第7代総長兼抗酸菌病研究所所長の熊谷を中心に結核撲滅が推進されました。熊谷は、現在の長野県塩尻市出身。東京帝大を卒業後、ドイツ留学を経て東北帝大の医学部創設に尽力します。結核の研究では、人工気胸療法の実施、動物性タンパク質の摂取による食事療法を提言するほか、ツベルクリン反応・BCG接種の組織的実施を文部省に要請します。また新薬による化学療法も提唱しました。当初、糖尿病を研究していた熊谷は、1922(大正11)年に日本で初めてインシュリンの抽出に成功しますが、その半年前にカナダのトロント大学で世界初の抽出が実現していたため、ノーベル生理学・医学賞は授与されませんでした。彼と同じくノーベル賞を逃したのが、「日本病理学の父」山極勝三郎です。


現在の長野県上田市出身の山極は、東京帝大医学部を首席で卒業し、ドイツ留学を経て1895(明治28)年に母校の教授に就任します。当時、「不治の病」とされたがんの治療法はありませんでしたが、「がんは刺激が繰り返されることにより発生する」という刺激説を証明するため、イギリスの煙突掃除人に皮膚がんの罹患者が多く発がんまでに10年を要するという報告に着目。ウサギの耳にコールタールを塗布し続ける実験を開始します。この間、デンマークの病理学者、ヨハネス・フィビゲルが寄生虫で人工がんをつくったという知らせが届きますが、山極は信念に従って実験を続けます。そして1915(大正4)年、565日目にして世界で初めて人工がんの発生に成功しました。ノーベル生理学・医学賞を受賞したのはフィビゲルですが、選考委員だったスウェーデンのフォルケ・ヘンシェン博士は、40年後に来日した際、「世界のがん研究史上における山極勝三郎博士の業績はだれ一人異存なく世界的に認められている。山極博士こそノーベル賞にふさわしかった」と語りました。

(C)【歴史キング】

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本記事では、こうした「父」と呼ばれた偉人1000人超のリストから、特に近代日本の産業界に大きな貢献をした「父」の功績をたどりつつ、「父」なる称号の持つ意味について考えたいと思います。

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目次

1.後藤新平

「台湾近代化の父」「都市計画の父」など │7つの称号を冠された医師、政治家としての信条

2.長州五傑

「工学の父」「造幣の父」「鉄道の父」など│ 殖産興業策を主導した「長州五傑」

3.薩摩藩英国留学生

「維新の父」の遺志を継いで近代化を実現した│「大阪財界の父」「電気通信の父」「ビールの父」

4.渋沢栄一、大原孫三郎、武藤山治

「社会の公器」としての企業の存在意義と経営の模範を示した│「近代日本資本主義の父」「近代経営の父」

5.小栗忠順

海軍と殖産興業の土台を築いた│明治国家誕生の「ファーザーズ」「日本近代化の父」

6.前田正名

日本全国を練り歩き在来産業の振興に人生を捧げた「殖産興業の父」「明治産業の父」

7.江藤新平、山田顕義、児島惟謙

民生の安定と人権確立に尽くした│「近代日本司法制度の父」「日本近代法の父」「司法権独立の父」

8.初代 田中久重、藤岡市助、二代 島津源蔵

近代重工業、電気、蓄電池……│技術立国日本の礎を築いた3人の「日本のエジソン」

9.豊田佐吉、豊田喜一郎 

「発明の父」「大衆車の父」機械産業と自動車産業における偉大な父子

10.赤松則良、上田寅吉、渡辺蒿蔵

日本初の洋式軍艦と東洋一のドックを建造した3人の「日本造船の父」

11.片寄平蔵、屋井先蔵

産業の近代化から重工業化へのエネルギー基盤を築いた「石炭の父」と世界初の発明を成した「乾電池の父」

12.今泉嘉一郎、渡辺三郎、石原米太郎

「鉄は国家なり」を導いた群馬県出身の3人の鉄鋼の父

13.志田林三郎、小花冬吉、辰野金吾

電気工学、鉱業、近代建築の各分野で「父」と称される工部大学校第1回卒業生

14.山田脩、高橋長十郎、山辺丈夫

製造立国の先駆けとして世界市場を席巻した「日本近代紡績業の父」

15.本木昌造、ジョセフ・ヒコ、岩谷松平

新しい産業を生み出した「近代活版印刷の父」「新聞の父」「近代日本のPRの父」

16.上野彦馬、下岡蓮杖、田本研造

内戦から文明開化に至る激動の時代を記録した日本写真界の三大先駆者

幻のノーベル賞といわれた日本医学界大恩人の偉業│「日本病理学の父」「結核撲滅の父」

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18.47都道府県ゆかりの「父」たち

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