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最終回:日本人は二度敗れた——「被占領体験」という空白と新生への道

戦中派・吉田満の「溜息」と「酒乱」の正体

山本七平氏は、かつて日本銀行で共に働いた人々から、戦中派を代表する作家・吉田満氏の意外な一面を聞かされます。それは、普段は温厚で端正な姿勢を崩さない吉田氏が、酒が入るとまるで「酒乱」のように、戦場の記憶を叫び、戦死した部下の名を呼びながら身をよじって涙を流したというエピソードです。

この壮絶な姿に、山本氏は深い共感を覚えます。なぜなら、山本氏自身もまた、戦場での異常体験を抱え、心の奥底で「狂わないため」に必死に自らを抑え続けてきた一人だったからです。吉田氏がふと漏らす「深い溜息」は、ダンテの『地獄篇』に描かれた、言葉にならない絶望に近いものでした。

「戦争体験を忘れるな」という言葉が、戦後社会では安易に使われます。しかし、山本氏は問いかけます。本当に体験した者は、忘れたくても忘れることなどできない。それよりも深刻なのは、私たちが戦争そのものだけでなく、その後に続いた「七年間の全土被占領体験」を完全に忘却してしまっていることではないか、と。

「被占領体験」という名の空白——戦艦大和は二度撃沈された

山本氏は、吉田満氏の不朽の名作『戦艦大和ノ最期』が、戦後、GHQの検閲によって発禁処分(全面削除)を受けた事実に注目します。

米軍の検閲官は、数字の誤りなどを理由に挙げましたが、真意は別にありました。それは、「日本人が絶望的な状況下で敵愾心を燃やし、生命を燃焼させて戦った」という、ある種の高潔さを伴う記憶を抹消することでした。占領軍にとって、日本の戦争は「ただ悲惨で無意味な愚行」でなければならず、そこから救い出してくれたのが米軍であるという「戦後神話」を植え付ける必要があったのです。

山本氏はこれを、「戦艦大和は二度、撃沈された」と表現します。一度目は米軍の魚雷と爆弾によって、二度目は占領政策という「洗脳(宣撫工作)」によってです。

日本人は二度敗れたのです。一度目は物理的な戦闘に、二度目は自らの精神を形作る「歴史の連続性」において。この二度目の敗北こそが、戦後日本人が抱える「自分たちはなぜ戦争に反対できなかったのか」という、当事者性を欠いた空虚な問いの根源となっているのです。

「事実を直視する勇気」の欠如——戦前と戦後の奇妙な一貫性

山本氏は、戦艦大和の艦内で行われていた、ある壮絶なやり取りを引用します。

二十五ミリ機銃の性能が米軍機に到底及ばないという「科学的事実」に対し、海軍の砲術学校は「命中率の低下は訓練不足にある」と切り捨てました。これに対し、現場の臼淵大尉らは「不足しているのは訓練ではなく、科学的研究の熱意と能力だ!」と怒りを爆発させます。

この「不都合な事実から目を逸らし、精神論や空気で蓋をする」という体質は、実は戦後も形を変えて生き続けています。戦後の日本人は、被占領下で与えられた「平和と民主主義」という保護色を身にまとい、カメレオンのように変貌しました。過去の自分を「軍部に騙された被害者」として絶縁することで、事実を直視する痛みを回避してきたのです。

吉田満氏は、自らの戦闘態度を「戦争協力だ」と攻撃する戦後の知識人に対し、こう反論しました。

「否定さるべきは、過去の悪夢ではなくて、そのような悪夢の中に落ちこむことを余儀なくされるまで無為であった、自分自身ではないのか……」

自分たちが作り上げた軍隊、自分たちが流した血。それを「他人事」として冷笑し、抹殺し去ることは、真の意味で戦争と手を切ることにはなりません。

「ヤクザの喧嘩」か「新生への先導」か

山本氏は、当時の政治家の「太平洋戦争はヤクザの喧嘩と同じだ」という暴言(藤尾発言)を厳しく批判します。戦争を単なる「島の取り合い」や「損得勘定」に還元してしまう態度は、戦艦大和と共に沈んだ三千の骸(むくろ)に対する冒涜であるだけでなく、歴史に対する究極の無責任です。

一方で、吉田満氏が書き残した戦没学徒たちの願いは、もっと重く、深いものでした。

「進歩ノナイ者ハ決シテ勝タナイ。負ケテ目ザメルコトガ最上ノ道ダ。日本ハ進歩トイフコトヲ軽ンジ過ギタ。……俺タチハソノ先導ニナルノダ」

大和の艦橋で語られた臼淵大尉のこの言葉こそが、敗戦を「無意味な死」から「日本の新生」へと転換させる唯一の鍵でした。彼らは、自分たちが踏み台にされ、乗り越えられることを願って散っていったのです。

しかし、今の日本はどうでしょうか。彼らが命を賭けて守ろうとした「子供たち」は、単なる自己利益と快適な生活に埋没し、アジアの平和秩序や世界史に対する責任を忘れてはいないでしょうか。山本氏は、戦後の繁栄が「ひとかけらの人間らしさも与えられなかった戦時下よりも、より不毛で不幸」なものになっていないかと、鋭く問いかけます。

結び:マッカーサーの「薬」を超えて

山本氏は、生前の吉田満氏に投げかけた冗談を回想します。「戦後日本という『経済戦艦大和』の艦橋(日本銀行)にいる吉田さん、今度は『経済戦艦大和ノ最期』を書きませんか」と。

その時、吉田氏は決して笑いませんでした。その沈黙には、戦後の復興という「信念」に基づいた誠実な努力が、果たして臼淵大尉の言うような「進歩」をもたらしたのか、という深い危惧が込められていました。

日本人は、マッカーサーが持ち込んだ憲法や民主主義を、戦後復興のための「最上の薬」として器用に使いこなしました。その結果、経済的な健康は取り戻しましたが、副作用として「自らの足で立つための国家意識」を失ってしまいました。

「最も正しい戦争より、最も不正な平和を私は選ぶ」というセネカの言葉。それを自らの意思で選択し、その屈辱すらも誇りとして引き受ける覚悟が、今の日本人にあるでしょうか。

山本七平氏が本書を通じて私たちに突きつけたのは、「空気」という名の無責任な支配を脱し、一人ひとりが歴史の連続性の中に立ち、自らの言葉で「責任」を語り始めることの重要性です。マッカーサーの神学が蜃気楼のように消えた今、私たちはようやく、自分たちの力で「日本という国家」の正統性を問い直すスタートラインに立っているのです。

©【歴史キング】

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